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「記号づくめの数学のどこがおもしろいのか」という素直な疑問と受けとれないこともない.数学にとって記号は,内容というよりは方法というべきだろう.記号は数学の内容を適確に表現し,数学の研究を容易にするための用具で,自国語を第一言語,外国語を第二言語とみれば,記号は第三の言語てもあって,人類にとって,もっとも普遍的な言語といえそうである.
この第三言語の底を音もなく流れているのが数学の内容である.数学の魅力,おもしろさは,記号表現の巧みさもさることながら,っきつめれば,底流としての内容にある.
地上を歩むわれわれにとって,地下水は姿なく音なき流れである.かつて,十勝岳の噴火口をめざし,あえぎながら登っていたとき,ふと耳にした地底の水の音を,いまも忘れない.その神秘な大地のささやき,私はわれを忘れ,耳を大地にあて, しばし動こうとしなかった.
数学の魅力とはそんなものであろうか.その魅力を,私は,あえて数学の藝術性と呼んでみた.たしかにキザッポクはあるが,本書によって,この気持を少しでも理解して項けたら,私としてはこの上ない幸福である.
初歩的数学の中にも,本書で取り挙げたような魅力ある内容は,みち溢れていよう.それをみつけ出し,自分自身の耳で確める.それが,「哲学とは哲学すること」にあやかるなら「数学とは数学すること」となろう.本書の願いはそこにある.